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2023年12月15日金曜日

福泉・鳳地域「憲法9条の会」16周年のつどいの記事が『ピースウェーブ』紙に

『ピースウェーブ』紙に掲載された記事


 さる11月18日付け本ブログ既報の福泉・鳳地域「憲法9条の会」16周年のつどいについての記事が、平和と憲法を守りいかす・堺共同センターのニュース『ピースウェーブ』紙の2023年12月1日発行 No. 139 に掲載されました。記事は上記イメージをクリック拡大してご覧下さい。

 同記事は本会事務局長が寄稿したもので、冨田宏治さんの講演から強く感じ取られた言葉を巧みに拾い出してまとめてあるのが、いかにも活動家の事務局長の報告らしく思われます。他方、本ブログ担当者の私による上記ブログ報告では、講演全体の流れを客観的に捉えたような紹介をしていましたのは、私が中学・高校時代に新聞部に所属し、また、就職後は理系の研究に従事していたせいでしょうか。両報告のニュアンスの相違が興味深く感じられます。(T.T.)

2018年7月4日水曜日

忘れたくない故・加藤周一氏の言葉


 加藤周一さんは「九条の会」発足当時の9名の呼びかけ人の1人で、会で中心的な役割を果たされましたが、2008年に亡くなられました。その没後5周年に、『加藤周一最終講義』(かもがわ出版、2013年)という本が記念出版されました。筆者が他の何冊かの読了した本と一緒に、その本をそろそろ処分しようかと書棚から取り出したところ、1カ所にポストイットを添付してあることに気づきました。加藤さんが北京の清華大学で2005年3月30日に行った講義「私の歩み、人生の歩み」の、末尾にある「九条の会」と題する20行足らずの1章です。

 そこには、加藤さんが「九条の会」にかかわった理由が次のように述べられています。
 前の戦争のとき、[...]どうして止められなかったのか。[...]はたして東京は焼け野原になった。もういっぺん焼け野原になるのを黙って待っているのですか。あるいは、できるだけの力をふるって、また戦争できるように日本の経済と制度を変えていこうという動きに対抗しようとするのか。それ[対抗しようとする運動]が「九条の会」です。[...]書くだけではなくて、もう一歩踏みだした組織に初めてコミットしました。

 そして、昨今の「いよいよ憲法九条を変えて、軍備を大々的に強めようという考え方が前面に出て来て」いる情勢を憂えた老・加藤さんは次のように力強く宣言しているのです。
私はいま、少なくとも歩行できる程度の力が残っていれば、抵抗したいと思います。私は時々新聞に書きますから、書く時は「花鳥風月」ではなくて、「九条」に触れる。そこには一種の倫理的な意味があると思います。

 安倍9条改憲を阻止するためには、私たちにも、いまは「花鳥風月」ではなくて「九条」、の心構えが必要でしょう。

多幡記

2015年6月12日金曜日

戦争法案、『毎日』『朝日』紙などが連日批判


 安保法制こと戦争法案に対して、『毎日』 『朝 日』紙などが連日、社説などで批判を続けています。中でも、2015年6月11日付け『朝 日』紙夕刊の「素粒子」欄の次の文が言い得て妙です。
 「数ではない」。はい、その通りです官房長官。数を頼んで民意を顧みず、憲法違反の安保法制のごり押しとは。
    ⭐︎
 護憲の学者も改憲論の学者も一様に憤る。もはや事態は違憲、合憲でなく非憲、否憲、無憲、亡憲、蔑憲の域。
 痛快ですが、笑ってばかりはいられません。いま、安倍政権は、かつて日本が日中戦争から太平洋戦争へ、そして敗戦へと突き進んだのと同じ道を歩もうとしているのです。この流れを、いま押しとどめなければなりません。

多幡記

2015年6月5日金曜日

戦争放棄を憲法に書き込んだのは当時の首相・幣原喜重郎——朝日紙連載「新聞と9条」


 朝日新聞に連載中の「新聞と9条」第42回(2015年6月3日付け)は、「9条の発案者は誰なのか」を取り上げました。

 記事は、当時の首相、幣原喜重郎が1951年4月に刊行した遺著『外交五十年』に、戦争放棄、軍備全廃は自分の発案であり、連合国軍総司令部(GHQ)に強いられたのではない、と書いていることを明らかにしています。

 また、連合国軍最高司令官として日本占領に当たったダグラス・マッカーサーは、同年5月5日、上院軍事外交合同委員会で戦争放棄条項誕生の経緯を証言し、幣原が戦争放棄を憲法に書き込んだ、と述べたことも記しています。記事の全文はこちらでご覧になれます。

 改憲派が唱える「憲法押しつけ」論の根拠は薄弱と言えましょう。

 なお、6月4日の衆院憲法審査会で、与野党が推薦した憲法学者3人を招いて参考人質疑が行なわれた中で、安全保障関連法案について質問出たのに対し、全員が「憲法9条違反」と明言しました(そのニュースはこちらなど)。憲法違反が明らかになった法案は、速やかに撤回すべきです。

多幡記

2015年5月31日日曜日

アジサイの花も訴えています


 近くの公園でアジサイを撮影し、帰宅してパソコン上で拡大して見ると、花が9条の9の字型に並んでいました。アジサイも9条の大切さを訴えているようです。

多幡記

2015年5月30日土曜日

首相のヤジは立法府と国民への侮辱——朝日紙社説


 2015年5月30日付け朝日紙社説は、安全保障法制を審議している28日の衆院特別委員会で安倍首相が飛ばしたヤジを取り上げて、批判しています。

 社説は、「安倍首相のヤジによって侮辱されたのは、国会そのものであり、国会議員を送り出した国民でもある。国会全体として首相に対し、改めて強い怒りを表明すべきだ」、「数の力を頼んだおごりも極まれりというほかない」、「…大改革が議論されているのである。首相が国会をないがしろにする姿は二度と見たくない」などと述べています(全文はこちら)。

 首相のヤジは、道理では立ち向かえない野党の攻勢に業を煮やした姿勢そのものではないでしょうか。憲法を破壊して軍国主義回帰の道を進もうとする危険な法案の撤回を求めましょう。

 「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会は、「『戦争法案』の審議入りに抗議し、廃案を強く要請します」の声明を5月27日付けで各政党宛に送付したということです(こちら参照)。また、日本弁護士連合会も5月29日付けで、「安全保障法制等の法案に反対し、平和と人権及び立憲主義を守るための宣言」を発表しています(こちら)。

多幡記

2015年5月29日金曜日

「木を語らずに森は語れない」——朝日紙「天声人語」


 このところ連日、毎日紙、朝日紙も、戦争法案についての国会討論での政府側答弁を批判しています。5月29日付け朝日紙「天声人語」欄は、安倍首相が自衛隊員のリスクが高まるという議論は木を見て森を見ていないものだと発言したことに対して、「木を語らずに森は語れない。隊員の『派遣の後』にも思いを致す議論が必要だ」と述べています(全文はこちら)。その通りです。木が枯れていくことに目を向けなくては、森は守れません。

 私は先日たまたま、抑制力のジレンマについての野党側質問に対する首相の答弁を聞きました。「わが国の装備には透明性があるから、ジレンマに陥ることはない」という趣旨のものでした。しかし、「仮想敵国」側の戦力が不透明であれば、結局は軍拡競争のジレンマに陥り、武力による抑止は効果を生まないでしょうから、いかにも稚拙な考えだと思いました。憲法9条を守ることこそが抑止力なのです。

多幡記

2015年5月28日木曜日

戦争法案反対の意思表示をあらゆるところで!



 中央の「九条の会」では、新しい請願署名用紙「安保関連法案は、海外で戦争をするための戦争法案であり、平和憲法を破壊します。すみやかな廃案を求めます」を作って、戦争法案反対の運動を進めています(署名用紙の PDF ファイルはこちらからダウンロード出来ます)。これにこぞって賛同し、危険な法案を葬り去りましょう。

 私もおよばずながら、上掲のような写真をフェイスブック・カバーとホームページに掲げ、戦争法案反対の意思表示をしています。

多幡記

2014年12月8日月曜日

太平洋戦争開戦日、哲学者・三木清の獄死を思う



 筆者は先日、たつの市の「童謡の小径」と「哲学の小径」を散策しました。

 「哲学の小径」の途中には、たつの市出身の哲学者・三木清を記念した場所があり、レリーフ、歌碑、哲学碑が設置されています(上掲の写真1枚目)。それらの手前の説明板(写真2枚目)に、
「[昭和]二十年[1945年]三木は脱走した共産党員の友人に食事と衣服を与えたことが治安維持法に触れて投獄され、戦後九月二十六日獄死を遂げた。」([ ]内は筆者の注記)
と記されています。

 昨年作られた秘密保護法で、似たような犠牲者の出ることが大いに懸念されます。秘密保護法はぜひ廃止しなければなりません。

 さらにまた、集団的自衛権の行使容認という、海外で日本が戦争する道を開く閣議決定がなされています。これを実効的にする法制化も、なんとしても阻止しなければ、わが国は過去の過ちを繰り返すことになるでしょう。

多幡記

2014年2月7日金曜日

フォーク歌手で反戦活動家のピート・シーガー死去


 さる1月27日、アメリカのフォーク歌手で、反戦などの社会運動でも知られたピート・シーガーが、94歳で死去しました(たとえば、こちらに報道されています)。筆者が彼の名を知ったのは、遅まきながら、つい3年ほど前のことで、彼が『原爆を許すまじ』を日本語で歌っている YouTube 録画を見てのことでした。(その録画は違法なものだったのか、残念にも、間もなく消去されてしまいました。ついでながら、筆者は近年、8月の本会の署名・宣伝行動の日に『原爆を許すまじ』を街頭で歌っています。)

 そのピート・シーガーに関連して、大阪空襲訴訟団の安野輝子さんから2月4日付けでメールを貰いました。安野さんの知人で埼玉県在住のT氏が、ピート・シーガーの訃報に接して思い出した記憶を朝日紙に投稿し掲載されたことを彼女に知らせてきたメールを、他の知人たちにも一斉に転送するので、よかったら読んで下さい、という内容でした。その投稿とT氏のメールを合わせると次のことが分ります。

 ピート・シーガーが最後に来日したのは1986年、広島市で開催された「ノーモア・ヒロシマ・コンサート」とされていますが、実はその後も非公式に来日していて、1889年(多分)の来日時にT氏の兄君がシーガー一家の通訳をしていました。それで、兄君の家で歓迎パーティが開催され、まだ20代だったT氏も参加し、一家と交流したのです。ピートの最愛の妻、トシさんは広島出身の日本人を父に持つ日系2世で、墓参のために一家で来日したのだったということです。そして、「[ピートは]『原爆の恐ろしさと米国の責任について子どもたちに伝えたかった』と話してくれた」ことが、T氏の投稿に記されています。

 これを読んで、ピート・シーガーは『原爆を許すまじ』を日本語で歌っていた、という筆者の断片的知識が大いに補完されました。

多幡記

2014年1月8日水曜日

「あたらしい憲法のはなし」に見る日本国憲法の出発点と前文の重要な意味


 岩波書店発行の『図書』誌2013年12月号の「こぼればなし」欄(編集後記に相当)は、同書店が同年9月に刊行した『あたらしい憲法のはなし 他二篇』(高見勝利・編、岩波現代文庫)にふれています。

 「あたらしい憲法のはなし」は、1947年5月3日 に日本国憲法が施行された年の8月2日付けで、著作兼発行者「文部省」 名義で公にした、日本国政府による公式の「新憲法」の解説で、学校生徒児童を主対象に広く配布されたものです。日本ペンクラフも、いま「この史料、並びに『憲法』そのものが読み直されることを切望する」として、これを憲法全文とともに、PDF版で公開しています(こちら)。

 「こぼればなし」子は、「あたらしい憲法のはなし」の記述を見ると、「明治憲法とは隔絶した新憲法を、子どもからおとなまで全国民の中にどうやって生きた常識として根づかせるか、政府が知恵を絞りに絞っている様子がよくわかります」とした上で、日本国憲法の二つの出発点について述べています。

 出発点の第一は、平和憲法とも呼ばれる日本国憲法の最も深い根となっているもので、「あたらしい憲法のはなし」の中には次の通りに記されています。
いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。
 もう一つの出発点として「こぼればなし」子は、「権力はどんな嘘でもつくし、国民を破滅に導くことも厭わない、だから国民は憲法をもって権力を厳しく縛らなければならない」ということを挙げています。そして、他方、「自由民主党憲法改正草案」(2012年4月「決定」)には、「権力を縛るという発想はほとんど見られない」ことを指摘し、「その点で明治憲法にも遠く及ばない、近代憲法以前の代物」と、厳しく批判しています。

 「こぼればなし」子は、さらに、憲法前文についての「あたらしい憲法のはなし」の説明から、次の部分を引用しています。
これからさき、この憲法をかえるときに、この前文に記された考え方と、ちがうようなかえかたをしてはならないということです。
この説明に対応する憲法前文の言葉は、その第1段の末尾にあり、次の通りです。
この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
「こぼればなし」子は、次のように指摘しています。
にもかかわらず、自民党「改憲草案」では「前文」が文章も趣旨もすっかり別のものに書き換えられています。いまや政権を担う公党が、みずからこの憲法をなきものにしようとしているわけで、「憲法尊重義務」はどうなっているのかと疑わざるを得ません。
 前文の上記の言葉に関連して、筆者は、2013年1月に『しんぶん赤旗』に連載された記事「解剖 自民党改憲案」を思い出します。「改憲案」の前近代性は心を暗くするばかりなので、筆者はこの記事をあまりり熱心には読まなかったのですが、最終回に前文の上記の言葉が取り上げられ、次のように記されていたのを読み、希望の光を見出しました。
 これは、仮に憲法改正の手続きを経たとしても、根本理念を否定する「改正」は無効だとする宣言です。
 自民党改憲案は[…]日本国憲法の根本理念を含む全面改悪であり、「排除」されるべき「憲法」です。
 さて、「こぼればなし」子の文に戻りますと、次のようにしめくくられています。
 改憲を掲げる安倍政権は、正面衝突が困難と見て取るや、ただちに実質的改憲に走り出しました。「ある日気がついたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変っていた。誰も気づかないで変った」という麻生副首相の発言は、今の安倍政権の狙いを解説するものとしてなら、けだし名言というべきでしょう。私たちは再び「だまされる罪」(樋口陽一氏)を犯してはならないのです。
 この一年を騙されない年にしましょう。

多幡記

2014年1月3日金曜日

2014年を憲法9条を守り生かそうの大合唱の年にしましょう


 2014年元旦のNHKニュースは、安倍首相が年頭にあたっての「所感」を発表し、その中で、「『国のかたち』を表す憲法についても国民的な議論をさらに深めていくべきだ」として、憲法改正に向けた意欲を示している旨を報じました(こちら参照)。自民党の無謀な改憲草案を見るならば、首相のこの意欲がいかに愚かしいものかを思わないではいられません。

 安倍政権の「戦争する国」づくりへの暴走を押しとどめるため、津津浦浦の各九条の会が中心になって、今年を憲法9条を守り生かそうの大合唱の年にしましょう。

 大阪空襲訴訟原告団の安野輝子さんから、次のメッセージを貰いましたので、紹介します。

 秘密保護法の成立に落胆していた私は、「昨年は、戦後史のターニングポイントともいうべき年となりましたが、民衆の歴史を作るために今年があると思います」という言葉を聞かされ、励まされています。そうですね、元気をだしていこうと思います。
 今年も、ご指導、ご支援いただきますよう、よろしくお願いいたします。皆様のご健康をお祈りしています。

 安野さんからは、このメッセージと合わせて、彼女の最近の思いをつづった文と、九条に関わる署名のお願いの拡散依頼も貰っていますので、順次紹介する予定です。

多幡記

2013年12月18日水曜日

それは破滅の道:戦争する国へ突進する安倍政権


 安倍政権は2013年12月17日の閣議で、外交・安保政策の中長期的な指針となる初の「国家安全保障戦略」を決定しました。その中では、「専守防衛」に代えて、集団的自衛権の行使をにらんだ「積極的平和主義」を「基本理念」として明記しています。また、世界の「主要プレーヤー」としてアジア太平洋地域全域、地球規模で軍事的関与を強めていくことも宣言しました。さらに、中国への対抗姿勢を前面に打ち出しています。この「戦略」は、戦後日本の安全保障の行き方に大きな転換をもたらすものです。

 安倍政権はこの「戦略」を踏まえた新「防衛計画の大綱」も同時に決め、陸海空3自衛隊を一体的かつ迅速に運用する「統合機動防衛力」を掲げました。日米同盟については、「わが国自身の能力を強化することを前提として、日米防衛協力をさらに強化」するとしました。武器輸出を禁止した現行の「武器輸出三原則」については、「新たな安全保障環境に適合する明確な原則を定める」と廃止を明記しました。北朝鮮の弾道ミサイル対応では「発射手段等に対する対応能力の在り方についても検討の上、必要な措置を講ずる」とし、敵基地攻撃能力保有に道を開きました。

 同日の閣議では、新たな「防衛計画の大綱」に基づく、2014年度から5年間の「中期防衛力整備計画」も決定しました。総額24兆余りで、2010年に民主党政権が策定した前中期防(2013年1月に廃止)と比べ、1兆1800億円増の大軍拡計画となっています。装備面でも、垂直離着陸機MV22オスプレイや滞空型無人偵察機、機動戦闘車など新兵器の導入が目白押しです。(以上、『しんぶん赤旗』の記事を参考にしました。)これを報じた12月17日午後7時のNHKニュースの画面は、兵器が乱舞する空恐ろしいものでした。

 世界の流れに逆行し、日本国憲法の精神に反する時代錯誤の軍事力強化の政策は、日本を世界から孤立させ、国を破滅に導く以外の何ものでもありません。安倍政権の「戦争する国」作りへの反対の声を大きく挙げましょう!

多幡記

2013年12月16日月曜日

イソップ寓話のコウモリのように:日本だけが核兵器に関して相いれない二つの共同声明に賛同


 2013年12月16日付け朝日紙大阪版34面に「別の核声明 日本賛同:被爆者ら戸惑い広がる」と題する記事が掲載されました。この記事はインターネット上には見当たらなくて、代りに、2013年11月23日付けの「(@ニューヨーク)核の非人道性うたう二つの共同声明」という関連記事が見つかりました。後者は朝日紙のニューヨーク支局特派員リポートで、春日芳晃氏が「自分自身の反省を込めて、先月から書かねばならないと思っていた話題を取り上げたい」として書いています。こちらの記事にしたがって、二つの共同声明の相違と、両方に賛同することが何を意味しているかを紹介します。

 2013年10月21日、軍縮と安全保障を話し合う国連総会の第1委員会で、「核兵器の人道上の影響に関する共同声明」という題名で、異なる内容の二つの声明が発表されました。一つはニュージーランド(NZ)、もう一つはオーストラリアが起草したものです。

 NZ起草の声明については、さまざまなメディアで大きく報じられました。「核兵器がもたらす壊滅的な人道上の影響を深く懸念」し、こうした壊滅的な影響は広島、長崎の使用時から明白だったとした上で、「核軍縮に向けた全てのアプローチと努力を支持する」と表明し、さらに、「いかなる状況においても、核兵器が二度と使用されないことが人類の生存にとって利益」とし、「核兵器不使用を保証する唯一の方法は廃絶である」と宣言しています。NZは、同じ趣旨の共同声明を昨年5月から国際的な討議の場で発表し続け、今回が4回目です。

 他方、オーストラリア起草の共同声明は、今回初めて発表されたものです。「核兵器爆発による即時および長期にわたる破壊的な人道上の影響は明らかな懸念である」とし、核兵器の非人道性を訴えるところまではNZと同じです。ただし、「安全保障と人道の両面について認識がなされることなしに、核兵器を禁止するだけでは、核廃絶は保証されない」と明記し、安全保障問題には触れることなく、核兵器の非人道性だけに焦点をあてて核兵器禁止に向かおうとする動きとは一線を画す内容になっています。さらに、NZなど16カ国が「共同声明の要」と位置づける「いかなる状況…利益」のような、核兵器の不使用にまで踏み込んだ表現は皆無です。外交関係者の間では、「NZのものは将来的な核の非合法化も視野に入れるものだが、オーストラリアのものは核兵器禁止へ向かう流れを止めようとするもの」とみられています。

 NZの声明には、同趣旨のものとしては過去最多となる125カ国が賛同しました。他方、オーストラリアの声明には、米国の「核の傘」の下にある北大西洋条約機構(NATO)加盟国を中心に17カ国が賛同しました。この二つの共同声明に賛同した国の中で、両方に名を連ねたのは日本だけです。

 過去3回のNZの声明には「いかなる状況……利益」の部分が米国の「核の傘」に頼る安全保障政策と整合性がとれないとして、賛同を見送ってきた日本が、今回これに賛同したのは、「人類の願望から発想された政治的な意志、メッセージ」ととれる修正を盛り込んだことで、日本の安全保障政策を縛るものではないと解釈したからです。さらに、「全てのアプローチ支持」の文言も加えたことで、「米国の核兵器に守ってもらっているが、少しずつ核兵器を減らすように促す」とする日本の立場にも配慮した内容に修正できたとも判断したのです。こうした日本の対応に対して、欧州のある外交官は「二つの声明は相いれない性質のもの。両方にOKという日本の姿勢は矛盾している」と否定的です。

 以上のような紹介をしたあとで、春日特派員は「私自身も反省がある。共同声明発表時は、日本が初めて核兵器の非人道性と不使用を訴えるNZの声明に賛同することだけに目を奪われ、オーストラリアの声明にも賛同することの意味合いもあわせて深く考えることができなかった。不明を恥じるほかない」と記しています。

 日本政府は、NZの声明に賛同することによって、米国の核の傘から抜け出る決意をしたのではないのです。原爆の惨害を被り、率先して核兵器廃絶を唱えるべき国が、核の傘に頼っているとは情けないことではありませんか。そしてまた、相いれない二つの声明にともに賛同したとは、イソップ寓話の中の、鳥と獣の戦いの間にあって、情勢によって都合のよい方につこうとしたコウモリにも似ているではありませんか。 

多幡記

2013年12月9日月曜日

「平和こそが最高の経済政策」赤川次郎さん


 作家の赤川次郎さんが『図書』誌2013年12月号に、「踊れる平和が今」と題するエッセイを書いています。今年、ベネズエラから「エル・システマ・ユース・オーケストラ・オブ・カラカス」という若いメンバーの楽団が来日したことを紹介したあと、次のように述べています。
 ベネズエラの若者たちのように、「すてきな音楽が聞こえて来たら、踊り出したくなる」のは人間の本能。
 ところが「男女で踊るダンスは不道徳」という、一体いつの時代かの話かと思える規制が、今日本では行われている。
 赤川さんはさらに次のように続けています。
 戦前、憲兵が恋人たちを「軟弱だ」と殴打したような時代が、またやって来るのだろうか。
 麻生副首相の「ナチの手口に学べ」発言に続き、安倍首相は国会で「意志の力」を連発した。これもお気に入り(?)のヒトラーの愛用した言葉である。
 問題は言葉一つではない。ダンスの禁止がそのまま、「積極的平和主義」という名の戦争志向や武器輸出三原則の見直しへと分ちがたくつながっているということが問題なのだ。
 軍事産業がいかに国を荒廃させるか、アメリカを見れば明らかである。平和こそが最高の経済政策であることを、忘れてはならない。

 「平和こそが最高の経済政策」。そうです。弱者をいためつけるアベノミクスにだまされてはいけません。そして、「憲法9条こそが最高の防衛政策」です。

多幡記

2013年12月7日土曜日

モミジ燃える。民意も燃える:秘密保護法、数の力で強行突破


 パブリックコメント、公聴会、各界の声明、国会周辺や各地でのデモなどを通じて、反対の声が空前の盛り上がりを見せた秘密保護法案、この、何が秘密かを明かさないままで行政が秘密をどんどん増やせるという大きな欠陥を抱え、戦前の軍機保護法と同じ性格をもち、憲法や国際条約にも違反する法案を、自民、公明両与党が2013年12月6日深夜の参院本会議で可決・成立させました。

 反対のたたかいは、ここで終わることはありません。有権者は次の国政選挙で、この法を廃止できる議員たちを選ばなければならないことを忘れはしないでしょう。

 [写真は、わが家の庭で6日に撮影したイロハモミジの紅葉。]

参考文献

  1. 「数の力、強行突破 秘密保護法 拍手と怒号、深夜の成立」、朝日新聞デジタル、2013年12月7日。
  2. 「(社説)秘密保護法成立 憲法を骨抜きにする愚挙」、同上。

後日追加の関連文献

  1. 「(社説)秘密保護国会 異様な光景の果てに」、朝日新聞デジタル、2013年12月8日。
  2. 「(天声人語)12・6を忘れない」、同上。

多幡記

2013年12月6日金曜日

秘密保護法案可決を強行すれば世界へ恥をさらす


 2013年11月3日付け朝日新聞の「声」欄に、「条約に違反の秘密保護法案」と題して、弁護士・熊野勝之さんの投書が掲載されました(こちらでご覧になれます)。熊野さんのいう条約とは、1979年に日本政府が批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約」で、この条約は、全ての人が「あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由」(19条2項)を権利として保障しているもので、締約国にはこの条約を守る義務があります。

 熊野さんはこの条約について、締約国が権利を制限する場合、その制限は法律によって定め、かつ、他者の権利の尊重、国の安全の保護などに必要とされるものに限ると定めていること、さらに「法律は、制限の実施にあたる者に対して自由裁量を与えるものであってはならない」「十分な指針を定めていなければならない」という解釈基準も示していることを説明しています。

 他方、特定秘密保護法案には知る権利や取材の自由への配慮が盛り込まれたものの、「配慮」は権利の保障ではないこと、また、法案では内閣が承認すれば30年を超えても秘密は開示されないまま闇に葬られるとか、秘密の指定は行政機関の長が行うと定めるだけで指定基準を法律で定めていないなど、制限の実施者に自由裁量を与えるものであることを熊野さんは指摘し、法案は上記の国際規約に違反するものであると主張しています。

 熊野さんは、法案が強引に採決され衆議院を通過したあとの2013年11月28日付け「声」欄でも、「秘密法案 世界の流れに逆行」と題する投書(こちらでご覧になれます)で、国連人権理事会が任命している人権に関する専門家が、「内部告発者や秘密を報じる報道関係者にとって深刻な脅威を含んでいる」との声明を発表したこと、また、今年6月にできた「ツワネ原則」という、知る権利と秘密保護のバランスを定めた国際指針に照らしても、その基準に明らかに反していることを述べています。そして、国連の特別報告者が、一国の法案審理の段階でこれだけ強い懸念を表明し問いを投げかけるのは異例の事態であると警告しています。

 このように国際規約違反、国際基準違反を犯している法律を、得々として成立させようとする安倍政権の政策は、日本の恥を世界にさらそうとしていることに他なりません。

 熊野さんの最初の投書の末尾には、「法案が成立しても、公務員やジャーナリスト、市民の逮捕、起訴は憲法31条(法定の手続きの保障)違反[引用者注:この場合は、国際条約の締約国に課せられている、条約を守る義務への違反でしょう]で、無罪となるだろう」とあります。この言葉は、法案が可決されても、裁判を要することになる恐れはあるものの、公務員やジャーナリストや市民が知り伝える権利の発揮に少しも臆病になる必要がないことを示すものであり、私たちが今後とも、これらの権利を守るたたかいを進めるための勇気を与えてくれるではありませんか。

多幡記

2013年12月5日木曜日

映画人・学者・国際人権NGOなどなど:秘密保護法案反対が空前の広がり—参院強行採決は許せません


 「学者・研究者の反対声明の広がり、シナリオ作家や脚本家団体の共同声明、映画監督や俳優による『反対する映画人の会』の結成…。表現の自由と基本的人権を侵害する希代の悪法・秘密保護法案に反対し、廃案を求める声は空前の広がりをみせています」として、2013年12月4日付け『しんぶん赤旗』の記事が「特定秘密保護法案に反対する映画人の会」、「特定秘密保護法案に反対する学者の会」、国際人権NGOなど6団体の動きを紹介しています。

 さらに同紙の「秘密保護法案直ちに廃案に:声明相次ぐ」と題する別の記事は、筆者も所属する日本科学者会議が、さる12月2日、米田貢事務局長名の声明「特定秘密保護法案は慰安を重ねて求め、日本版NSC設置・米軍新基地建設に反対する」を発表したことなどを伝えています。

 同記事は、科学者会議の声明が、秘密保護法案は「国民の知る権利を奪い、広範な分野の科学研究をも阻害する」と指摘し、また、国家安全保障会議(日本版NBC)の活動をチェックすることを阻むのも、特定秘密の壁だとして、同法案の廃案を求めていることを紹介しています。声明の全文はこちらでご覧になれます。

 参議院は、このような空前の反対の広がりを前にして、良識の府の名に恥じないよう、この悪法案を強行採決しなことが強く求められます。

多幡記

2013年12月2日月曜日

石破氏「絶叫戦術はテロ行為」発言の本音


 自民党の石破茂幹事長は11月29日付けの自身のブログで、特定秘密保護法案に反対する市民のデモについて「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と批判しました。

 石破氏は12月1日、富山県南砺市での講演で、「表現に足らざるところがあることはおわびしなければならない」と述べ、ブログでの発言を謝罪しました。しかし、その後、氏は記者団に「一般の方に大音量という有形の圧力を加えるという点で、(街頭デモは)民主主義と相いれない部分があり、(テロと)相通ずるものがある」と強弁しました。朝日新聞(こちらとこちら)ほか各紙が報道しています。

 審議を十分に尽くさないで特定秘密保護法案を衆院で強行採決した自民党の幹事長に、民主主義を語る資格はまったくありません。そればかりか、政府に反対する市民の声をテロリズムと同一視するところに、同法案が成立した暁には、これが「防衛」「外交」「特定有害活動の防止」「テロリズムの防止」を目的にしていることを利用して、国会周辺のデモまでも取り締まろうという本音が見えているのではないでしょうか。

 日本を再び戦争の暗い時代に引き戻そうとする特定秘密保護法案は、ぜひとも粉砕しなければなりません。

多幡記

2013年11月27日水曜日

秘密保護法案、強行採決で衆院通過:反対の声をさらに強く!


 自民党、公明党、みんなの党、日本維新の会の4党が提出した特定秘密保護法案の修正案が、11月26日夜の衆院本会議で、自公とみんなの賛成多数で可決されました。前日の衆院特別委の地方公聴会で意見陳述者が全員反対の立場を取り、また、修正案の審議もわずか2時間という短さだったにもかかわらず、採決は強行され、法案は参院に送られました。この強行採決に対して、各界から抗議声明が発表されています(こちら参照)。

 今国会の最終日、12月6日に東京では「『秘密保護法』廃案へ! 12.6 大集会」が開催されます(詳細はこちら)。安全保障と情報の権利に関する国際基準から大きく逸脱しているとして海外からも非難ごうごうのこの法案に対し、私たちの反対する声を、いろいろなところから政府と国会にさらに強くぶつけましょう!

多幡記