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2018年8月17日金曜日

大樹(詩)


詩・浅井千代子(本会世話人)
写真・oldtakasu(provided by ACworks Co., Ltd.)

樹齢七十五年
この国が世界に誇る
宝の樹
大地にしっかりと根を張り
何事があろうと強く守られ
今や緑生い茂り
枝々は天を突き
平和と希望の象徴
この樹を心に抱いて
わたしは戦後を生きてきた
数千数万
数え切れぬ尊い生命
その生命が生れ代った大樹
かけがえのない生命の樹
平和憲法九条がその名
世界を平和に導く
大切な樹

それを
やれアメリカの押付け
気にくわぬ
岸信介の遺言を果たすのなんのと
戦火の野に
亡霊がさ迷う
そんな樹に植え替える
国づくりを始めた

その目論見を
許してはならない
『異郷』第44号(2018年4月号)から

2018年8月1日水曜日

沖縄よ! 沖縄よ!(詩)


詩中に触れられている儀間比呂志著 “新版画風土記沖縄” の表紙

詩・浅井千代子(本会世話人)
—懐かしいなァ!—
つぶやきながら見入っているのは
沖縄の版画家
儀間比呂志の
“新版画風土記沖縄”
画家独特の力強く味わい深い画風
南国の光り輝く太陽
強くたくましくおおらかに生きる人々
それにも増して
過酷な歴史と美しい自然
沖縄には一度旅した
太田知事の集会に参加
那覇にある儀間先生の画廊も尋ねた
今は遠く懐かしい思い出
この四月桜の季節に昨年旅立たれた
先生の三回忌を迎える
わたしが
四十代の初め夢中になった人形劇
グループの講習会に講師としてお招きした内のお一人が
版画と絵本作家の儀間比呂志氏
それから後常に沖縄を注目するようになった
自分の生まれ故郷は信州
古里信州とともに
今こよなく沖縄を愛する
戦中本土の盾となった悲劇の島沖縄
戦後半世紀以上本土との差別激しく
今も無法の地沖縄
わたしの人生はこれからも沖縄と共にある
そんなわたしを
形見となったっ先生の作品
—市場へ急ぐアンマー達—
の温かいまなざしが
とても眩しくやさしい
『異郷』第44号(2018年4月号)から

2016年9月15日木曜日

本会ニュース『憲法九条だより』30号発行


 本会ニュース『憲法九条だより』30号が、2016年9月15日付けで発行されました。上掲のイメージをクリック・拡大して、ご覧下さい。

2016年6月13日月曜日

本会ニュース『憲法九条だより』29号発行


 本会ニュース『憲法九条だより』29号が、2016年6月5日付けで発行されました。上掲のイメージをクリック・拡大して、ご覧下さい。

2016年1月20日水曜日

本会ニュース『憲法九条だより』28号発行


 本会ニュース『憲法九条だより』28号が、2016年1月15日付けで発行されました。上掲のイメージをクリック・拡大して、ご覧下さい。

2015年9月1日火曜日

本会ニュース『憲法九条だより』27号発行


 本会ニュース『憲法九条だより』27号が、2015年9月1日付けで発行されました。上掲のイメージをクリック・拡大して、ご覧下さい。

2015年5月12日火曜日

本会ニュース『憲法九条だより』26号発行


 本会ニュース『憲法九条だより』26号が、2015年5月10日付けで発行されました。上掲のイメージをクリック・拡大して、ご覧下さい。

2014年9月11日木曜日

あっちこっち

詩・浅井千代子(本会世話人)

Newtons cradle animation book 2.gif
「ニュートンのゆりかご」
["Newtons cradle animation book 2" by DemonDeLuxe (Dominique Toussaint) - Image: Newtons cradle animation book.gif. Licensed under CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons.]
あっちがあかんかったらこっち
こっちもやっぱりあかんゆうて
又あっち
あっちこっちしながら
この国ちっともようならん
むしろ今は最悪
東京のあっちと
大阪のこっちがくっついて
それもあかんかった
あっちとこっちがくっついたり離れたり
こんどはどことくっつこうかとなやましいこと

いずれにしても
根っこはみんな同じやのに
大小の
あっちこっちが
政党助成金という名の
税金食いつぶしをしながら
あっちこっちしている

あっちでもない
こっちでもない自分は
あくまでも
あっちでもない
こっちでもない
自分を
つらぬくしかない。
『異郷』第29号(2014年7月号)から

2014年9月2日火曜日

本会ニュース『憲法九条だより』24号発行


 本会ニュース『憲法九条だより』24号が、2014年9月1日付けで発行されました。上掲のイメージをクリック・拡大して、ご覧下さい。

多幡記

2014年7月27日日曜日

詩・浅井千代子(本会世話人)


  その一

世紀が代わっても
軍靴は進んで往く
自由のため?
平和のため?
テロ撲滅のため?
だのに何故
人間丸焼の炭が出来たり
大地をべっとり血で染めたり
もがれた手足が丸太のように転がったり
奇形の赤ちゃんが
次々生まれるのだろう

嘘で型どられ
嘘で縫い合わされた
軍靴を履いて
砂漠であろうと
ジャングルであろうと
野望に取りつかれた男達は
何のためらいもなく突き進み
世界制覇を企む
地球の悲鳴を踏みにじって


 その二

まだ革の匂いが残っていそうな
真新しい軍靴を履いた
膝から下の片足が
稲刈りの終った田圃の中に転がっていた
丈夫そうな靴ひもを
しっかり結んだまま

撃ち落とされた
アメリカのB29戦闘爆撃機は
鉄の残骸となり
遠くの方にその巨体を横たえていた
身体は? 首は? 手は?

その大きな
軍靴を履いた片足が
わたしが初めて見た
アメリカ兵であった
十四歳の時であった


  その三

新しく連句の会に入ってきた
Aさんは
左足膝から下が義足である
第二次世界大戦のとき
九州で空襲に会い
足はどこかへ消えてしまったのである
まだ幼稚園だったAさんは
いつか失った足が
トカゲの尻尾のように生えてくると
信じて疑わなかったそうである

失った足は失ったまま
今Aさんは寝る時
枕元に義足を置くのを習慣にしている
時々うっかりして
お風呂の脱衣室に忘れるのよ
と屈託なくほほ笑む

玄関に
右左揃えてAさんの
スニーカーがある
生きている足と
血の通っていない義足に
Aさんは同じように
労わりの手で
靴を履かす

(国はAさんのような一般戦傷者には何の補償もせず、
 Aさんは普通の障害者四級である)
『異郷』から

挿絵・多幡達夫

2014年5月18日日曜日

「解釈で憲法9条を壊す 集団的自衛権行使容認は許せません」:『憲法九条だより』第23号発行



 このたび本会の機関紙『憲法九条だより』第23号が発行されました。同紙編集担当者の健康上の理由のため、縦書きワープロソフトを持たない本会代表が代って編集し、始めての横書きとなりました。上掲のイメージをクリック・拡大してご覧下さい。

(文責・多幡)

2014年2月27日木曜日

ぬくもり

詩・浅井千代子(本会世話人)

こんなにも新聞の束が
ぬくもりを包んでいる
今朝も
冷たいポストから
新聞を取り出し両手に抱く
ありがとう
雨の日
風の日

経済的な理由から
暫く新聞お休みにするわといった私
その日からOさんが廻してくれる
しんぶん赤旗
そのぬくもりに支えられ
新しいわたしの
今日が始まる
何時までも甘えてはいられない——

『異郷』第27号(2014年1月)から。
写真は浅井さん手づくりの品々をあしらった絵ハガキ。

2014年2月10日月曜日


詩・浅井千代子(本会世話人)
新聞に
話題の政治家の諷刺画
丁度マジックペンを手にしていたので
ふといたずらに人物の一人
鼻の下に黒い髭を描いた
おや!似てる
うん!似てる似てる!思いがけない発見に
つぶやいて丁寧に切り取った

連日
攻防が続いている国会
いよいよ混乱を極め
違憲立法の特別秘密保護法案が
ジャーナリスト 学者 弁護士 俳優 映画監督
他広範な国民各層の抗議反対の声を押し切り
自公の強行採決の暴挙で成立した
あまりのことに
心は怒りでふるえにふるえた
二〇一三年十二月六日深夜

わたしは
切り取った新聞の
アベヒトラーに告げた
—亡国への道
 決して許しません—
『異郷』第27号(2014年1月)から
挿絵・多幡達夫(のり愛号さん描く『アドルフ・ヒトラー』
を参考にしました。)

2013年12月23日月曜日


詩・浅井千代子(本会世話人)
雨が降っています
経験したことのない大雨だそうです
我が家では万両の植木鉢が転げ落ち
生垣の落ち葉が掃いても掃いても限りがない
でもTVの映像は目を覆うばかりです

災害地は
山が崩れ道は消え
堆積した土砂の上に落下した大木が横たわる
増水し溢れた川の流れに
抉られたコンクリートの橋が木の葉のよう
道路は滝のように降る雨と
下水管から噴き上る水で大川となり
渦を巻いている
その流れにさらわれ屋根や車が粗大ゴミ同様に浮き沈みしてゆく
高速道ではブレーキが利かなくなった車が風雨に翻弄されている
まるで天が怒り狂っている有様

あの春雨 梅雨 秋雨 氷雨の
日本独特の風情は何処に行ってしまったのか
人間が進歩 発展 開発などと
自然を侮った報いでしょうか
降り止まぬ雨が
哀しくも激しい音楽を奏でている
『異郷』第26号(2013年10月)から
挿絵・多幡達夫

2013年12月14日土曜日

鍋料理

浅井千代子(本会世話人)
お正月が近いし寒いし 
皆にご馳走をと    
アベちゃん肝入りの鍋料理
材料調味料一切秘密で 
コトコト音を立てている
料理当番はいつも調子よく立ち廻る 
コウモリ其の他永田町の連中     
加えて大きな顔のブレナベも     
急ぎに急いで     
調理場はまるで戦争前夜
その上これも秘密で  
大きな声でいえないけど
なんでも食べた後が問題なんだって 
そう——皆ロボットになるのよ     
おお! 怖       
シーッ! 
こんな秘密漏らして  
わたし 捕まるヮ

井崎孝子(本会世話人)描く

『憲法九条だより』第22号(2013年12月10日)から

2013年12月8日日曜日

一枚のハガキ

浅井千代子(本会世話人)

M新聞の読者のひろばで
貴女の名前を見たわ
と京都在住の詩人
白川淑さんから
美しい絵ハガキが届いた

もう四十年も前
大阪南YMCAで
人形劇グループを作り
ボランティア活動をしていた
彼女は其の頃既に将来性を秘めた詩人で
グループのリーダーであった
仲間には他に
東京の女流画家展に出品
賞をもらった方
朗読プロの多才な方その中で
グズで口下手の私は
何時も端っこで
人形制作と機関紙担当
十一年も在籍したのが不思議でしょうがない

彼女は住居を神戸から京都に移し退部
其の後度々女流詩人として
詩誌や新聞等に登場
さすがと感嘆していた
詩集も何冊か頂いた
私は其の後地域に活動の根をと
生活圏に戻った

長い空白を埋めて
思い出が一気に蘇った一枚のハガキ

M紙への投書は
NHKが八月に放映したETV特集
「届かぬ訴え—空襲被害者たちの戦後」
被害者への無策を嘆いての一文
その通りとの彼女の感想嬉しかった
早速お礼の返信に
悲惨な戦争体験者として
かつて軍国少女であった過去を悔い
今後もたゆまず発信していきたいと書いた

福島原発被害は拡大するばかり
その上歯止めを失った改憲の動き
更に秘密保護法の台頭には
心臓をえぐられる思いである
書きつづらなければならない現実に
幾重にもとりまかれている

『異郷』第26号(2013年10月)から。
[写真は浅井さん手製の9条ブローチをあしらった絵ハガキで、詩の
冒頭に出てくる、浅井さんの受け取った絵ハガキとは異なります。]

2013年9月12日木曜日

りんごを齧りながら

詩・浅井千代子(本会世話人)



口の中は        
皮ごと齧ったりんごで一杯     
がぶりしゃきしゃき      
頭の中は         
近頃とみに鼻息荒いアベちゃんで一杯   
祖父岸信介の改憲の志を     
自分が実現させるんだって       
しゃきしゃき        
国防軍だの集団的自衛権だの      
苦苦しいこの国の先行き 
私は絶対許さない
しゃきしゃきっ
あっ!! 危うく舌を噛むところ

それにしても      
古里信州のりんご           
しみじみ心に沁みるこのやさしさよ 

『憲法九条だより』第21号(2013年9月3日)から
挿絵・多幡達夫

2013年8月23日金曜日

六月の空

詩・浅井千代子(本会世話人)

「おばちゃんの詩集、貰って帰っていい
 他の国の友人にも読んでもらいたいの」
と電話に出た姪
アメリカへ帰る支度中らしい
具合が悪いという兄の声が聞き度くて
電話を入れた六月の或る日の午後
詩集とは以前兄に届けた小冊子

姪は大学卒業後
宝石デザインの勉強にアメリカへ
其の後彼の地で中国人男性と結婚
三女をもうけロス・アンジェルスに住む
今回長女が東日本大震災被災地に
ボランティアで訪れ同じ活動の京都の
男性と結ばれ
先日大阪市内の教会で結婚式を済ませたばかり
「いいよ! どうぞ…」
私の小さな詩集が海を渡って見知らぬ国の
普通の人が読んでくれる
反対する理由なんてない
「見送れなくて御免ね 元気でね 又ね」

詩集は
平和憲法九条
「随想詩集・あの頃」
表題もデザイン表紙も
鍋嶌孝之助さんの手づくり
かつて大阪で
「明日も晴れ九条の会」の会報編集者だった方
私の数篇の投稿詩を冊子にまとめ送って下さった
善意の小さな一冊

これからも書きつづけるのみ
梅雨が遠い
六月の青い空が
どこまでも広がっている
姪が飛んでゆく
あの空

『異郷』第25号(2013年7月)から
イメージは、浅井さん手製の9条バッジをあしらった絵葉書。

2013年8月12日月曜日

胸に手を置いて

詩・浅井千代子(本会世話人)



今まで一度も富士山に登った事もない人間が言うたら
 おかいしやろか
小さい時昔の東海道線で東京の往き帰り
汽車の窓から富士山眺めただけの人間が
言うたら生意気やろか
母の故郷 山梨県へ小学六年生の夏休み
従姉妹と訪れ
山中湖のほとりで富士山を眺めながらおにぎりを食べた
 思い出しかない人間には
言う資格なんかないのやろか

今盛んに
富士山を世界文化遺産に言うて躍起になってはる人
 ようさんいてはるけど
そらわたしもそうなったら嬉しい
けど一寸待てよと言う声が心の底の方から
聞こえるんや
なんで言うたら
富士山麓の東と北には
自衛隊と米軍共同の軍事演習場が広がっていて
常に実戦さながらの戦闘訓練が行われ
戦車はもとより今後はオスプレイも参加?するらしい
勿論実弾は富士山麓めがけて打ち込まれていると言う
江戸時代富士山をこよなく愛し称え
その名を世界に知らしめた
北斎や広重
あの世でさぞさぞ嘆いてはるやろなぁ

樹海に囲まれ
人知れず存在する戦争化粧の別の顔を持つ富士山
世界文化遺産なんて恥かしい
情けのうて悲しい
平和の象徴であってこそと思うのは
わたしのエゴか?

胸に手を置いて
問いつづけている
『異郷』第25号(2013年7月)から
絵・多幡達夫

 注:富士山は、2013年6月22日、遺憾ながら「戦争化粧の別の顔を持つ」まま、世界文化遺産に登録されました。

2013年8月5日月曜日

不思議な鼻

詩・浅井千代子(本会世話人)



男はそれは不思議な鼻の持ち主でした
鼻は自在に伸び
時にはムチに或はタクトに
魔法のように使い分けられました
その強権と独断が
あたかも改革 進歩と捉えられ
多くの信奉者が
吾も吾もと
すり寄っていくのでした

鼻は
その後も伸びに伸び
伸び過ぎてとうとう
男の首に巻きついてしまいました
予期せぬ出来事に
男は大慌て
そして叫びました
助けて——
オスプレイさま——???

『異郷』第25号(2013年7月)から
絵・多幡達夫