2013年10月2日水曜日

読書シーズンに


 今年の憲法記念日前後や参院選前に、新聞の書評欄は憲法や改憲論に関する本を紹介していました。本ブログでは、それらの書評を紹介する機会を逸していましたが、読書シーズンを迎えるいま、それらを振り返って、いくつか紹介してみます。

 きょう取り上げるのは、2013年4月28日付け『朝日新聞』の「ニュースの本棚」欄に掲載された「憲法改正論:多数決で決められないこと」と題する、坂口正二郎・一橋大学教授(憲法学)の記事が紹介している本です。

 記事の題名には「憲法改正論」とありますが、坂口さんは、自民党の憲法改正草案や、改正手続きを定めた96条を変えて憲法改正を容易にしようという動きを、鋭く批判する立場で話を進めています。紹介されている本は次の4冊です(各書名をクリックすると、アマゾン書店ウェブサイトのそれらの本の情報ページが、別ウィンドウに開きます)。


 憲法「改正」に反対して、「立憲主義」ということがよくいわれます。立憲主義思想とは、「国家は諸個人が自由を守るために設立した人為的な存在にすぎず、その国家を憲法によって縛ろうとするもの」と坂口さんは説明し、この思想の根源となる論を展開したジョン・ロックの『完訳 統治二論』にふれています。

 坂口さんは次いで、明治期の日本が西欧の立憲主義を取り入れようと苦闘してきたことや、個人の尊重を核とする立憲主義思想が現在世界中に拡大していることを述べ、そのような流れを説いている本として、樋口陽一の『個人と国家』を挙げています。そして、国家が主役で国民は脇役とする自民党の改正草案は、過去の日本の苦悩を共有せず、世界の流れにも背を向けるもの、と批判しています。

 96条変更の動きについて、坂口さんは、多数決でも変えられない憲法が正当化できる理由を述べています。そのたとえとして出される、オデュッセイアが魔女セイレンの誘惑から部下と自身を守るために自分の身体をマストに縛り付けた話の載っているのが、ホメロスの『オデュッセイア』です。このように「あらかじめ自己の行動の幅を狭めておくことは合理的」であり、また「民主主義の前提条件まで多数にゆだねるのは矛盾」であると、坂口さんは主張しています。

 そして、長谷部恭男の『憲法とは何か』は、「個人が決めるべきこととみんなで決めるべきことの境界を定めることが憲法の役割だとしている」と紹介し、「憲法を変える前に、まずは憲法の役割を考える必要がある」と訴えています。

 なお、坂口さん自身は、『立憲主義と民主主義』(日本評論社、2001年、5,145円)という本を書いています。

多幡記

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