『図書』誌2013年3月号の大江健三郎さんのコラム「親密な手紙」は「同じ町内の」という題です。このエッセイには、同じ町内の人が二人登場します。一人は小澤征爾さんで、新首相の会見記事を見て、「原発の見通しをいってるが、自分が海外で会って来た友人の誰一人、あれだけ楽観的な者はいない。この報道に抗議は送られて来ないか?」と電話で彼がいうのを聞き、暗然と話し続けたことが記されています。
もう一人の同じ町内の人は、ベアテ・シロタ・ゴードンさんの死に際し、娘さんが献花を望まれるなら「九条の会」に寄付してもらいたいといわれたとの報道に応じて、大江さんに寄付を託した老婦人です。その婦人は大江さんに、「シロタさんは日本国憲法についてどういう文案または訂正案を出されたのか」という質問をしたので、大江さんはそれに応えて、野上弥生子さんと話した思い出を語ったことが述べられています。
その思い出は次のようなものです。大江さんは若いときから、エッセイに「希求する」という表現を好んで使っていました。野上さんに、「どうしてあんな古くさい言葉を?」と訪ねられ、大江さんは「新制中学の教室で、出来たばかりの憲法に感動したのがきっかけです」と答えました。憲法第9条に、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」とあるのです。
大江さんはさらに、この日本文の資料法令とされている英文の、「希求」に相当する部分には、aspire という言葉が使われていて、その言葉の穏やかさと強さに、シロタさんの女性らしい働きを感じる、などと述べたところ、野上さんから、「aspire が女性的というのは、単にあなたの語感です」とやり込められたそうです。
——それはともかく、いま日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求しているでしょうか。安倍政権の進める軍事対抗主義、そして憲法を変えようとする勢力の動きは、この希求の誓いを裏切るものではないでしょうか。
多幡記
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