2013年6月28日金曜日

「憲法9条は日本の伝統に沿ったもの」:梅原猛さんの「思うままに」


 「九条の会」よびかけ人の一人で、哲学者の梅原猛さんが、5月27日付け『東京新聞』(夕刊)の「思うままに」欄に、憲法9条に関わる一文を寄せています。

 梅原さんは、「改憲論議が盛んであるが、私は、必ずしも政治的意見が一致しない加藤周一氏や井上ひさし氏らとともに『九条の会』の呼びかけ人に名を連ねたほどの頑固な護憲論者である」と自らを紹介し、「私はほぼ自民党を支持し続けてきたが、その自民党が憲法9条を変えるとは、長年の友人に裏切られたような気持ちである」と述べています。

 続いて、梅原さんは、「憲法9条には、あの約3百万人の日本国民及び約2千万人のアジア諸国民の命を奪った戦争に対する痛烈な反省と平和への熱い願いが込められているのでなかろうか」と指摘しています。

 また、「憲法9条は日本の伝統に沿ったものであると私は思う」と、9条を讃えています。その根拠として、「日本の歴史を見ると、平安時代に約350年、江戸時代に約250年の戦争も内乱もない平和な時代があった」ことを挙げています。

 そして、ご自分が「徴兵を受けて軍隊に入り、戦争というものがいかに残虐なものであるかを身をもって知った最後の世代である」ことにふれ、「戦争の惨禍をまったく知らない政治家によって日本が変えられることに、戦中派として強い不安を感じる」と、心配を表明しています。

 文末には、「おそらくぼけ老人の錯覚であろうが、自信ありげに颯爽(さっそう)と政治を執る人気の高い安倍首相の姿が、かつての近衛首相の姿と重なってみえる」と記しています。

 近衛首相は、日中戦争の開始、大政翼賛会の設立、日独伊三国軍事同盟の締結などにかかわって、わが国を軍国主義の道に走らせた人です。梅原さんが「ぼけ老人の錯覚であろうが」というのは、表現に婉曲さを与えるための修飾であり、「重なってみえる」のは事実でしょう。私たちは、近衛首相時代のような暗い日本を再来させることになる9条改悪を、絶対に許してはなりません。

多幡記

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