2012年8月5日日曜日

後姿

詩:浅井千代子(本会世話人)


夢に見る母さんは
あの時あのままの後姿
板の間に
思案気に座り込み
前には古びた米櫃

母さんわたし知ってたよ
米櫃が空っぽだって
だから障子の陰からそっと覗いて
声もかけられなかった
困っている母さんが
可哀想でたまらなかった
何しろ食べ盛りの子供八人
わたしは長女で上から三番目

六十七年前
戦中戦後の食糧難時代
配給米なんかすぐ底をついた
母さん一緒によく買出しに行ったね
農家が遠い畦道
時に蛇が飛び出してぎょっとする
歩いて歩いて
頭を下げやっとありついたさつま芋
日が暮れかけ足を引きずって急ぐ
思いがけないにわか雨
大きな木の下で雨宿りしたね

帰り着いた駅で
警察の張込みに遭い
取締まりのおまわりに掴まって
母さん平謝り
怖い反面わたしは子供心に腹が立って
仕方がなかった
——家に病気の小さい子がおなかをすかして待っているから——と
やっと解放され改札を出ると
仕事着のまま父さんが待っていた
ホッとして嬉しかった
そんな生活(くらし)ずい分続いて
わたし達一人も欠ける事なく大人になった
長じて八人の内三人が逝き五人に

夢に出る
後姿の母さん
わたしは今
その小さな背を
どんなにいとおしくなつかしく
そっと抱きしめたいと切に思うことでしょう
今日
二番目の兄と電話で話したよ
——両親にありがとうやネ——って

後姿でいいよ又ね
待っているよ
母さん

『異郷』第21号(2012年7月)から
挿絵・多幡達夫