2012年8月3日金曜日

『図書』誌8月号に並ぶ政治批判エッセイ


 『図書』誌 2012年8月号に掲載されている文人たちのエッセイには、政治批判が目につきます。よい傾向だと思われます。以下にそれらのエッセイについて簡単に紹介します。

 ドイツ文学翻訳者・池田香代子さんは「引き返す道はもうないのだから」と題して、東京の虚飾的繁栄を批判する文を書いています。そして、「東京タワーができて、次にやってきたのはオリンピックだった。スカイツリーが開業した今また、東京にオリンピックを招致すると息巻く人びとがいる。なんという鈍感ぶりだろう」と、歎いています。「引き返す道はもうない」という消極的な題名がいささか気になりますが…。

 小説家・大江健三郎さんの連載コラム「親密な手紙」の今回は、「毎日毎日うつむいて」と題されています。大江さんは、自分が持っている本で、買った日付が一番古いものは岩波新書『フランス ルネサンス断章』渡邊一夫著第二刷だと述べています。その本の中でも、陶工ベルナール・パリッシーが「私は殆ど希望を失ひ、毎日毎日うつむいてゐたが…」というところが気に入っていた大江さんは、のちに渡邊先生を尋ねて本への署名をお願いした折に、その一行を合わせて書いて貰ったということです。渡邊先生は、「しかし、まだ何かの希望は残ってゐた」という行もありませんでしたか、と反問されたそうです。このエッセイは、「大飯原発の再稼働は決定され、私は毎日毎日うつむいているが、政府の対応がこれだけ反・市民的なのでは、次の大集会に向うほかない」と結ばれています。

 作家・赤川次郎さんは、「三毛猫ホームズの遠眼鏡」という連載エッセイの第2回を「吉田秀和さんの言葉」と題して綴っています。その中で、東日本大震災の直後、フルーティストの佐久間由美子さんから、「東北地方の教え子たちに連絡したけれど、一人だけどうしても安否の分からない子がいて、津波でやられた島に赴任していたので、だめかもしれない、と涙が止まらない」というメールを貰い、音楽家らしい心の暖かさに感動したことを記しています。そして、「世論を無視して原発の再稼働を平然と推し進めて恥じない政治家は、こんな音楽家のやさしい心根のかけらも持ち合わせていないのだろうか…」と述べています。

 赤川さんはさらに、大阪で橋下市長が「原発再稼働反対」から「容認」へ転じたことにふれ、「初めからの予定の行動だろう。権力の座を狙う人間が、経済界を本気で敵に回すはずがない」と批判しています。また、橋下氏のクラシック音楽や文楽への補助金削減についても、一国の文化の水準は「長く愛され続けるもの」をどれだけ大切にするかで決まることや、大阪に生まれ大阪で育った文楽を大阪がつぶすとしたら、文化国家日本などと胸を張ってはいられないことを述べて、市民には「冷静に今の指導者の狙いを見定める努力が求められている」と警告しています。

多幡記