2014年9月26日金曜日

大阪空襲訴訟への最高裁判断を受けて:安野輝子さんからのご挨拶


 先日、大阪空襲訴訟への最高裁判断が示された(ニュースはこちらなど参照)ことを受けて、同訴訟原告団代表世話人・安野輝子さんからご挨拶のメールが届きましたので紹介します。



みなさま

 11日、上告中の大阪空襲訴訟に最高裁の判断が示されました。
主  文
本件上告を棄却する。
本件を上告審として受理しない。
上告費用及び申立費用は上告人兼申立人らの負担とする。
と三行で片づけられました。

 以下は、16日大阪市内で記者会見をしましたときのご挨拶です。

 こんにちは。今日はお忙しいところを足を運んでいただき、ほんとうにありがとうございます。

 第2次世界大戦は20世紀最大の人災だったと私は思っています。空襲によって心身を傷つけられ、肉親を奪われた私たち空襲被害者は、戦後70年、国からひとことの謝罪、ひとかけらの補償も援護もなく、我慢とあきらめの人生を強いられてきました。

 元軍人・軍属もたくさんの犠牲者が出てあわれでしたが、国から援護がなされています。戦争を始めた国が、空襲被害者を「国と雇用関係になかった」といって放置するのはおかしい、このままでは子や孫の世代にも同じ苦しみが繰り返される、と立ち上がったのは6年前。弁護士先生、支援者さんに支えられて精一杯頑張ったつもりですが、最高裁に、なにごともなかったかのように、棄却されました。詳しくは、弁護士の先生にご説明していただきますが、残念で、悔しくてなりません。

 私は6歳のとき、空襲で左足を奪われました。血だらけになりながらも命だけはとりとめ、同じ病室で同じ爆弾の破片を後頭にうけて、その夜のうちに亡くなった近所のお姉さんの代わりにこの戦争を伝えなければ、という思いで、必死に生きてきました。空襲犠牲者の多くは丸腰の非戦闘員です。おもにお年寄りや女性、幼児です。空襲をうけた多くの子どもたちは親兄弟と、はぐれ、手足を奪われ、ケロイドを負った子らが街にあふれ、路頭をさまよいました。最高裁の決定は、空襲被害者が強いられた苦しみ、痛みに背を向け、被害者を放置してきた国の姿勢を追認するものです。人権の最後の砦である司法の判断に失望しました。

 みなさまには、6年もの間ご支援いただきまして、心よりお礼を申し上げます。みなさまのおかげで闘いつづけることができました。

 でも、たたかいはまだ終わっていないと思っています。これからは、全国空襲連絡協議会のもとで、全国の空襲被災者・遺族と手をたずさえ、国会に「空襲被害者等援護法(仮称)」の制定に向けて、闘っていきたいと思います。子どもや孫の世代に、私たちと同じ苦しみを味わわせたくありません。きちんと国に戦争の後始末をさせることが、再び戦争への道を開かないことだと思っています。

 みなさまには、引き続きご支援をいただきましたら、この上もない喜びです。どうぞ、よろしくお願いいたします。

安野輝子



 なお、同訴訟弁護団・大前治さんの文「最高裁の決定が出ました(残念ながら敗訴ですが、希望はあります)」をこちらでご覧になれます。

(文責・多幡)

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