2012年6月9日土曜日

ブログ記事紹介:【動画】大阪市「こどもの家」を守れ!〜橋下行革プランで危機


 橋下徹大阪市長は5月11日、3年間で488億円もの予算をカットする「市政改革プラン」の素案を発表しました。見直しや廃止対象となった事業は100以上にのぼり、教育分野­や福祉分野など多岐にわたっています。1970年代にスタートした「子どもの家」事業は、大阪市独自の事業ですが、橋下行革プランはこれを学童保育で代替するとしています。

 「【堺からのアピール】教育基本条例を撤回せよ」事務局による表記のブログ記事は、Our Planet TV の動画[ゲスト:北村年子(ノンフィクション作家)、聞き手:白石草(OurPlanetTV)]を引用し、大胆な行革を目指す大阪市の足元で何が起きているのかを、西成区の通称「釜ヶ崎」と呼ばれる日雇い労働者の街にある「子どもの里」に焦点を当てて明らかにしています。ここをクリックして、ぜひご覧下さい。

2012年6月8日金曜日

お知らせ:「九条科学者の会かながわ」第17回学習会


2012年5月16日付け『ニュースレター九条科学者 』(号外・行事案内)から、下記の集会についてのお知らせを転載します。

「九条科学者の会かながわ」第17回学習会
(第18回憲法9条かながわフォーラム)

「九条科学者の会かながわ」は、日本科学者会議神奈川支部と共催で、以下の要領で第17回学習会を開催します。いま、小型探査機「はやぶさ」などで知られる、宇宙分野で世界に誇る活躍をしてきた宇宙航空研究開発機構 (JAXA) の最先端技術や施設、研究者を、軍事動員するためにJAXA法の改悪が企てられています。この動きに反対し、「これからの宇宙開発は憲法9条を生かした平和主義でいこう」という、インターネット署名が広がっています。ネット署名の呼びかけ人の一人である総合研究大学院大学教授で宇宙物理学者の池内了氏に、JAXA法の改悪について詳しくお話を伺います。多くの皆様のご参加を呼びかけます。
  • 日時:2012年6月10日(日)14時~16時
  • 講師:池内 了 氏(総合研究大学院大学教授、宇宙物理学)
  • 演題:JAXA(宇宙航空研究開発機構)法の改悪について
  • 会場:鶴見大学会館2階研修室204
  • 交通:JR京浜東北線鶴見駅西口下車徒歩2分、京急線京急鶴見駅下車徒歩3分
  • 資料代:200円
  • 主催:九条科学者の会かながわ・日本科学者会議神奈川支部
  • 連絡先:後藤仁敏 tel: 090-7175-1911、e-mail: goto@kd5.so-net.ne.jp

2012年6月6日水曜日

情報短信:「日本国憲法が最先端」と米憲法学者らが分析


◆衆参両院の憲法審査会が始動し、自民党、みんなの党、たちあがれ日本などが改憲案を発表。そのどれもが九条と天皇を標的としています(注1)◆自民党が4月末に発表した草案は、天皇を「元首」に、「国防軍を保持」などとし、現憲法の平和主義を正面から踏みにじっています◆議員連盟が「一院制とする」改憲原案を国会には初めて提出しました◆「大阪維新の会」は「維新八策」原案を発表し、9条改定、参議院廃止などを主張。橋下氏は「ガレキ処理が進まないのも9条のせい」という荒唐無稽な理屈で、9条への憎悪をむき出しにしています◆憲法記念日の全国紙は真正面から改憲論議を煽っており、憲法を生かすべきと論じた大手メディアは一つもありません◆皮肉にも、5月3日付け朝日紙の国際面は、米憲法学者らが世界188か国の憲法を分析した結果、日本国憲法が最先端、と報じていました(注2)。

『憲法九条だより』第17号(2012年5月10)から


 注1. さる5月31日に行なわれた憲法審査会での議論は、「<衆院憲法審査会>9条改正、各党割れる」(毎日新聞)あるいは「憲法9条に照らして日米安保なくすのが筋:衆院審査会 笠井氏が主張」(しんぶん赤旗)をご覧下さい。

 注2. 朝日紙の報道によれば、分析したのはワシントン大学(米ミズーリ州)のデービッド・ロー教授とバージニア大学のミラ・バースティーグ准教授。日本では、米国の「押しつけ」憲法を捨てて、自主憲法をつくるべきだという議論もあることについて、ロー氏は「奇妙なことだ。日本の憲法が変らずにきた最大の理由は、国民の自主的な支持が強固だったから。経済発展と平和の維持に貢献してきた成功モデル。それをあえて変更する政争の道を選ばなかったのは、日本人の賢明さではないでしょうか」と語ったということである。

2012年6月4日月曜日

戦争体験を語る:「どんな理屈をつけても戦争はみじめなもの」——三池尚道さん



上・三池尚道さん

 私は一生懸命働き、貧乏な生活をして頑張ってきましたが、子や孫たちは立派になってくれたし、よくしてくれるし、恵まれています。戦争時代のことを話してやると、「じいちゃん、大変やったんやね!」と、よく聞いてくれます。本当に感謝して過ごしています。いまの願いは、若い人たちに私たち戦争経験者の気持ちを分かってほしいということです。そして日本の平和を守ってほしいと思います。どんな理屈をつけても戦争はみじめなものですわ。平和を守るためにお役にたてるならと思い、体験したことを話してみます。

小学校や会社でも軍事教練

 私は昭和2年、男ばかり5人兄弟の4番目として生まれ、大阪市福島区海老江で育ちました。当時から体は大きかったので、相撲は強かったですね。しかし、戦争ごっこはなぜか嫌いでした。尋常小学校の上級生になると軍事教練がありましたが、熱心にはやりませんでした。

 学校を卒業し、昭和16年4月、此花区にある住友金属に入社しました。ここでは、午前は工場内の学校で勉強をし、午後は仕事という生活でした。こここでも軍事教練があり、私にとってきびしくきついものでした。ほふく前進したり、銃を担いで走ったり。横山(いまの和泉市)の山中で特別野戦訓練という、ひどい訓練を一週間もやらされたこともあります。ここでもますます戦争嫌いになりうっとうしくなっていました。

仲間の『資本論』携行で特高警察に

 その頃こんなことがありました。その日は何かの理由で昼で仕事を終わり、20人ほどで朝日橋を歩いている時、特高警察に「おいこら!」と呼び止められ、全員手錠やひもを掛けられ、此花警察に連れていかれました。何が何だかわかりません。取り調べが始まって分かりました。誰かがマルクスの『資本論』を持っていたそうです。それで「『資本論』を読んだやろ」と聞かれたが、当時の私はマルクスのマの字も知りませんでした。「知らない。読んでない。」と何度いっても「嘘つけ!読んだやろ!」と決めつけて、こちらのいうことは聞きません。夜中になって、4人を除いて帰してくれました。その4人がその後どうなったか、会社には二度と来ませんでした。

16歳で海軍予科練志願、死ぬ覚悟

 学校の先生は私が戦争嫌いなことが気に入らないらしく、私にだけ名指しで決めつけたように、「兵隊に行け!」と何度も命令のようにいいました。自分では行きたくないと思っていましたが、社会全体がそういう流れにあり、口に出して「いやです」ということもできず、当時「若い血潮の予科練の 七つボタンは桜に錨…」と歌われた海軍予科練(少年航空兵のこと)に志願してしまいました。16歳でした。このとき、「兄も戦死していたし、自分も死ぬことはしょうがないな!」と覚悟をしました。

 昭和18 (1943) 年3月末、茨城県土浦にむかい、海軍予科練14期生として入隊しました。軍隊の中はひどいものでした。何か上官の気に入らないことがあると、「ビンタ」と「バッタ」の嵐です。「バッタ」とは一列に並んで壁に手をつかせ、ズボンを脱いでお尻をつきだし、上官がその尻を叩くことです。はじめは青竹で叩きますが、何人かでバラバラに割れてしまいます。今度はツルハシの柄で叩くんです。しかも力いっぱい。どづかれない日はなかったですね。

軍隊の非人間的扱い

 治らないうちにまた叩かれるのですから、お風呂のとき見ると、みんなお尻が血豆で青くなって、固くなり、段がついていました。一人がへまをすると皆が叩かれるんです。辛抱しきれなくて夜間にトイレで、ベルトで首をくくって自殺した人が3名いました。自分もそんな気を起こしたこともありましたが、「しゃーない!」と、あきらめていました。軍隊とはこんな人間扱いしない所かと、ますます戦争嫌いになりましたが、もちろん口にすることは仲間内でも出来ませんでした。

 飛行機の練習は、「赤とんぼ」(写真参照)という練習機でやりました。どれも調子わるくて、空を飛んでいるとき、突然エンジンが止まったことがありました。ぐんぐん降下しているとき、セルを必死にまわしていたら、やっとエンジンが掛かって命拾いしたことがありました。もちろん落ちて亡くなった人もいました。


「赤とんぼ」こと、海軍93式中間練習機

 半年たった昭和18年9月に、岡崎(現在の三河安城市)に配属になりました。14期生の中には鹿児島県鹿屋基地や沖縄に特攻隊として配属されたものもいましたが、みんな死んだようです。岡崎で辛かったのは、雪の積もった飛行場で30分間の腕立て伏せでした。素手でやらされるのですから、手が冷たく、やがて感覚がなくなっていきます。途中でやめると、ツルハシの柄で叩かれ、半殺しにされました。ひどい訓練でした。食料については、ぜい沢はできませんでしたが、量は十分あり、終戦まで不自由することはありませんでした。

人間魚雷艇の訓練

 このころから練習するにも飛行機がない状況になってきました。そうするうち、昭和18年秋頃、14期生ばかり静岡の戸田(へだ)に配属されました(現在の静岡県沼津市戸田海岸)。ここの切り立った海岸沿いの山をくりぬいて、「丸大」の基地作りをすることと、訓練をすることが目的でした。「丸大」とは海軍独特の名前で、いわゆる敵船に魚雷を抱いて体当たりする一人乗りの人間魚雷艇のことでした。(次号に続く)

『憲法九条だより』第17号(2012年5月10日)から

2012年6月2日土曜日

広報活動のはき違え


 政府がねらう消費税の大増税に向け、財務省の幹部職員が各地の大学で「説明会」を行い、正規の講義の時間を使って、消費税増税の必要性を訴える一方的な宣伝を行っていたことが、2012年6月1日付け『しんぶん赤旗』に報告されました。その記事には、財務省大臣官房が、「財務省から各大学当局に開催を働きかけ、協力を得られたところで『説明会』を開いている。政府の広報活動の一環であり、講師には職員旅費を支給している」と述べたことが記されています。

 大臣官房のこの言葉を読んで驚きました。これは、「政府の広報活動」の大変なはき違えではないでしょうか。財務省設置法第二節「財務省の任務及び所掌事務」には広報の規定がないばかりか、内閣府設置法第四条三十八項 の「広報」についての記述でも、「政府の重要な施策に関する広報に関すること」とあり、「施策」とは、「ほどこすべき策。実行すべき計画」(大辞林)であって、「実行すべきとの案がある計画」などが含まれる道理は全くありません。行政機関である省庁が、立法府で定められる以前のことの推進を図るという意味でも、明らかな越権行為というべきでしょう。

多幡記